ご無沙汰してしまって本当に申し訳ございません
今年もよろしくお願いいたします
愚直に全力で生きて参ります
明けましておめでとうございます。
長いこと音信不通状態で大変申し訳ございません。
「俺には何の連絡もない。誰と逢っているんだ、真木は」とお思いの方もいらっしゃると思います。何よりも「アイツは生きているのか」「元気なのか」「何やっているのか」「うつ病にでもなっているんではないのか」と思われている方が大半だと存じます。実際に年賀状とかでは「お元気ですか」とか「元気を出して」「今年こと良い年に」といったお言葉を数多くいただきました。
本当に長いこと私からの一切の発信もアプローチも誰の誰にもしていないことに心よりお詫びを申し上げます。
それでは本当に何をしているのか、と言えば、9月から中途採用新人営業マンとして、必死にがんばっています。「発信をしていない」というより、忙しく一生懸命に「仕事に没頭」させていただいている毎日を元気に楽しく過ごさせていただいているところです。
ご報告が遅くなってしまいましたが、現在は町田市の旭町にございますアイワ広告株式会社で働かせていただいております。なぜアイワ広告かについては、10月頃にこのホームページに発表させていただこうと思っていた「週刊エッセイ」に詳しく記させていただきました。このエッセイの後に続けて掲載させていただきます。そちらの方でぜひ確認してやっていただければと存じますが、とにかく今は、新人中途採用営業マンとして全力でがんばっています。
アイワ広告株式会社では一切の特別扱いはございません。正社員の中では社長を含めて年齢では上から4番目。年下の上司や先輩社員の皆さんに厳しく厳しくご指導いただき、「強制期間」として新人教育カリキュラムの中で教えこまれています。
しかし、その分一切の「人脈」「経験」をはじめとする前都議会議員としての「立場」「力」の活用を求められてはおりません。まずは「一営業マンとして営業・経営を覚えろ」という社長の指示の下で、徹底して「新兵訓練」をしていただいております。朝は7時に出社して夜は皆さんが寝る頃まで社におります。ですから入社以来、月曜から土曜までの間のプライベートな飲食は22時頃に合流したことが2回あるだけです。あとは日曜日以外、プライベートな時間は1分たりともない、という状況のなかで仕事に没頭させていただいております。
この「仕事に100%没頭させていただいている状態」というのが今の私にはとっても心地よく、18歳の受験生に戻ったような気分で毎日新しいことを覚え、「成長していく自分」をとっても楽しんでおります。
同時に、そのおかげで中途半端に「政治家時代」の影を引きずることなく、完全に、120%新しい生活をはじめさせていただいております。
少なくない方々から「このままでは忘れられてしまうぞ」「再起を期して活動を開始しろ」とか言っていただき「仲間を集めるから一杯やろう」と言っていただいております。また民主党に絶大な影響力を持つ複数の組織の関係者からは「あとはオマエが頭さえ下げれば話はつく」とまで言っていただいております。
本当に申し訳ない気持ちで一杯ですが、今は与えていただきました現在の仕事に全力を傾注していきたいと思います。
都議会議員の補欠選挙の報道やポスターがたくさん目に入るようになって参りました。その度ごとに「申し訳ない気持ち」で一杯になってしまいます。また、現在の市長に批判的な報道や市民の声もたくさん目や耳にいたします。「次は頼んだぞ」「このままで終わるなよ」「必ずやってくれ」と本当に身に余る光栄です。
しかし、二足のわらじは履けません。
真木茂は中途半端なことはできない性格です。
同時に、地位や権力に恋々とすることは私のもっとも忌避する生き方です。
政治家になることを自己目的化している人間をたくさん見て参りました。
また、「政治家であることによって忙しい」のではなくなく「政治家であるために忙しい」人もたくさん見てきました。
政治家が本当に政治家であり続けるためには、その立場に固執していては政治家としての仕事と品位、清潔さを保つことはできません。
逆を言えば、政治家の地位に恋々としてない人間だけが、本当の政治家の仕事をできると言ってもいいのだと思います。
「政治にこそプロが求められている。自分は本当のプロの政治家とならん」と思っておりましたが、そのことと「政治家を職業」とするのとは別ですし、ましてやその職業としては失職してしまいました。財産があるわけでもない、スポンサーがいるわけでもない真木茂は新しく特定の人に頼るとすれば、その後の政治活動は歪むことになります。多くの事件や腐敗が「落選中に助けてもらった」「ご恩返し」から生じている現実を数多く見て参りました。
政治家としての「自己実現」を首長という形で求めて参りました。そして退路を断ってすべてを賭して人生最大の勝負にうって出ました。結果は結果。市民のご審判は下りました。多くの多くの皆さんの物心両面にわたるご期待とご信託を裏切ったことの責任、そして自分の言葉への責任を改めてとりたいと思います。
「オマエが何を言ったか、なんて誰も気にしていない」と言われます。確かに私が「落選したら政界から引退する」と宣言したことを撤回したからといって、覚えているのは応援してくれた人で、多くの方からすればもともと「政治家の言葉なんて」信じてないのかもしれません。
でも、だったらだからこそ、「政治家の言葉なんて」と思われることに真木茂までが荷担してしまうこと、日本国民の政治への冷めた視線を前提として、そして自分がその「冷めた視線をますます肯定しまう行為」をすることは耐えられません。
私は「政治家は高潔なものでなければならない」「本当の政治家であらん」「プロの政治家であらん」と思って仕事をし、身を律してきました。365日、24時間真剣勝負で、ありのままの真木茂をご審判いただく、嘘はつかない―――その想いで活動して参りました。それは今までの多くの政治家へのアンチテーゼでもありました。「真木茂の演説は迫力が違う」そう思ってもらえることを何よりも大切にしてきました。その根幹は「嘘をついていない」「心の底から訴えている」「やっていることと言っていることが一致している」「ポーズだけではない」ということが何よりも大切なポイントでした。
「真木茂がお約束したこと」――――たとえ多くの市民がお忘れになったとしても、言った本人は忘れることはございません。「言い訳の多い演説」ほど聞き苦しいものはありません。
いま42歳の中途採用新人営業マンとして必死に町田の市内を駈けずりまわりながら、一切の人脈は封印して、経済人としての実力をつけるべく月曜から土曜の早朝から深夜まで働き続けております。政治家としては自己実現できませんでしたが、第二の人生で自己実現をはかるべく、いま自分の人生を切り拓いております。
入社してすぐはアイワ広告の営業車である軽自動車に乗って市役所の前を通ることに若干の抵抗がありました。市の職員の方が「おっ」という顔をしているのが分かります。「石阪市長に会うかな。会ったらどうしよう」とかとも思ったりしていました。でも今はまったくそんなことを気にならなくなりました。偶然会った友人は「いい顔しているね」と言っていただきます。
「政界復帰を密かに準備している」とかであれば今の仕事も中途半端、政界復帰も中途半端に終わってしまうでしょう。政界復帰を志すならたとえ苦しくてもカンパを募って同志とともに活動を再開する、仕事をするならその仕事で一人前となるべく仕事に全力を尽くす、そのどちらかしか、真木茂にはあり得ません。なぜなら、大切なことは自分の顔が輝いていること、胸を張って生きていること、息子に見せられる父の背中であること、だと私は考えているからです。
中途半端な生き方で顔が輝くわけはございません。
秘め事をしたまま、後ろめたい思いをいただきながら―――なんていう生き方は真木茂の生き方ではありません。
10年後、20年後、政治への情念が抑えきれなくなり、生き恥をさらしてでももう一度政治をやりたい――心の底からそう思えるときがきたならば、過去の自分の言動に謝罪をし、訂正させていただくことがあるかもしれません。
でもそれは神のみぞ知る未来の話し。恐らく「経済のことが面白くてしょうがない」と言っている真木がいるほうが自分にとってはハッピーであろうな、と想像します。
本当の意味での政治家としての適性はあったと思っております。「天職」であったかもしれません。でも政治家としてしか能力がないのか、それとも民間人として経済の中でも十分やっていける真木茂なのか、いま新しい挑戦に意欲がみなぎっているところです。
またしばらくこのHPを更新することはないのかもしれません。このHPのアドレスを保持するのも費用がかかります(「.com」は高いんです)。でもアドレスの変更を通知する方が面倒ですから、アドレスはそのままにしておきます。だからせっかくだからまだしばらくこのHPはとっておくでしょう。
仕事に余裕が出きてきたら、本当に「友人への近況報告」というような感じで半年一回くらいは更新するかも知れません(年賀状と暑中見舞い的な感じでしょうか)。このエッセイ自体を見ていただく方もほとんどいないと思いながら、新年のご挨拶として記させていただきました。このエッセイを見ていただいた「真の友」の皆さん。一年に一回程度、このHPを覗いてやってください。たまには近況報告をさせていただきます。
今年一年が皆さまにとりまして、幸多き年となりますことを心より、本当に心の底よりご祈念を申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。
今年も何卒よろしくお願い申し上げます。
週刊エッセイ(幻の86)
アイワ広告株式会社
営業1課 真木茂と申します!
長いこと皆さんにご心配をおかけしておりました。「真木はなにやっているんだ」と電話もらったり、心配いただいた同級生などは「家に寄ってみた」とか。ホームページの更新もしてないので益々「あいつはうつ病にでもなっているんじゃないのか」とか。
政治的なことやプライベートなことを書くのは簡単なのですが、自分の就職のこととなると元都議会議員で市長選挙に落選した男の就職先はどうかすると会社にも迷惑かけるかもしれませんし、それ以上に僕が続くかどうか心配ですし、その前にクビになってしまうかもしれません。ホームページで「○○で働いています」と宣言したのに実際に会ったときは「プー太郎」というのでは格好がつきません。そんなこんなでちょっと、いやだいぶ慎重になりましたが、もう大丈夫かな!? いよいよ発表します!
元気に元気に働いて、新入社員としてがんばっています。
「アイワ広告株式会社 企画営業部 営業1課 真木茂と申します。お見知りおきのほど、何卒よろしくお願い申し上げます」。
正直、けっこう悩みました
2月26日に落選してしまい、市長としての職務をいただけないばかりか、それまでの都議会議員としての職務も失ってしまいました。年収1600万の職、ほとんどが活動費に消えていくとは言うものの飲み代に困ることはありませんでした。それがゼロに。でも幸いなことにこの選挙によって新しく真木家が借金を背負うことはありませんでした。奇跡です。本当に皆さんのおかげです。僕が管理していた『政治特別会計』では当然足りませんでしたが、妻が管理している真木家の『一般会計』からの繰り出しでなんとかなりました。ですから僕は妻に借金がありますが、真木家としては借金はなし。ですからのんびりとはしていられたところもありますが、そうは言うものの一刻も早く働きにでなければなりませんでした。
でも、就職活動しようにも自分自身がいったいどうしたいのか、自分でも分からない真木茂がおりました。また多くの方がいろいろとご心配していただき、いろいろな観点からいろいろな方途を示してご心配をしていただきました。
具体的には、まず「真木は働くな。働いてくれるな。みんなで集めるから」と言っていただいた方もいらっしゃいました。また「会社の顧問でどうだろう。週に何回かでいいから」とも言っていただいたり。さらには「こういう事業の可能性がある。会社をつくってやってみてら」とまで言っていただいたり。
また、働くとしてもどこで働くのか。都内で働くのか、町田で働くのか、それとも町田は避けて相模原とか近隣の横浜とかがいいのか。いろいろな観点で考えるべきことがあって、これらの基本線を自分で決められるまでは相手の方とお話しするわけにもいきません。
考えることが一杯あって、心配していただける方がたくさんいらっしゃって、のんびりしながらも悶々としておりました。
町田から逃げない! 町田で見ていただく!
いろいろな観点から考えましたが、結論として町田市内で、バリバリに働くこととさせていただきました。考えていくうえで、僕が大切だと思ったことは、一つは「政治家・真木茂」をご支援いただいた方が真木のことを見て、「真木君がんばってるね。目が輝いているよ」と思っていただけるかどうか。そして息子に父親のどんな背中を見せられるか、そんなことを考えて結論を出させていただきました。「みんなで集める」とか「顧問で」ということ、また「うちの会社で『世話してあげる』」というような皆さんのご厚情で生活していくのでは僕の目が輝いていられるだろうか、と考えました。「真木さん何やってるの」と聞かれて「えぇ〜、まぁちょっとぉ〜」と口を濁すことしかできないでしょう。「お世話していただいている」という「戦力」としては想定されないでお給料をもらうのではなく、バリバリに働いて真木茂が「戦力」として働ける会社。自分でも会社に貢献できていると思える会社でマジメに働くことが「真木君がんばってるね」「輝いているね」ということにつながると考えました。
またもう一つの観点は、「政治家・真木茂」をご支援いただいていた方々に「商人・真木茂」が「僕のために仕事をください」と頼りに行くのはいやだな、と思っていました。大学在学中から政治の世界にかかわってきた僕は、同時に多くの多くの落選議員も見てきました。落選議員が生活に困っている話しはたくさんたくさん見てきましたし、すがりに来ている姿を見て「惨めだなぁ」と思っていた自分がいることは間違いありません。ですから支持者の皆さんに「僕が食べるために仕事をください」とは言いたくはありませんでした。
でも同時に、今まで「政治家・真木茂」として培ってきた人脈と知識は活かせるにこしたことはないなぁ、とは思いました。この5年間で勉強した知識はかけがえのないものです。「行政とのパイプ」は使いたくないのですが、町田市内でのこの地域のことは○○さんにご相談しよう、この業界のことは□□さんに相談すれば、ということは嫌らしい形での人脈の活用ではないと思います。役人の天下りで行政に顔を利かすというのともまったく違います。同じ仕事をするとしても都内ですれば単なる中途採用の42歳ですが、町田市内で働けばいろいろなことを知っている中途採用社員となります。せっかくなら町田で働きたいと思いました。
また、多くの多くの方がご心配いただき、ご期待をいただきました。僕の知らない方に対しても含めて、町田市内で働いていればそうした皆さんに「真木茂は選挙には落ちたけど、民間人としてしっかりとやっている」ということをご報告できるかな、とも思いました。「まったく見なくなったよ」では申し訳がたちません。町田から逃げずに、町田で皆さんに見ていただく! 「リンガーハットでちゃんぽん食べてたよ。話しかけなかったけど元気そうだったよ」って思っていただけたら幸いです。
戦力として働く!
町田で働けて、「戦力」としてお力になれて、今まで知識や経験が活かせる会社として、旭町にありますアイワ広告株式会社に就職させていただくことといたしました。社長とは「青年会議所(JC)」の先輩後輩ということとともに、東京都の屋外広告物条例の改正などをめぐり意見交換や勉強をさせていただいておりましたが、選挙が終わってご挨拶回りをしていたときに、社長から「真木君、うちに来ないか」と言っていただきました。看板づくりを中心とした会社ですが、単なる看板屋さんではなく、商店の魅力を第三者の観点で調査研究し、お店の「売り」を提案し(ショップ・アイデンティーティーづくり)それを訴える看板づくりを通じて集客の向上をはかることを得意として現在急成長をしている会社です。商店の息子である僕は「いかにクライアント(商店や飲食店)に気持ちを寄せて考えるか」ということは得意だと思いますし、やってみたい仕事です。そして魅力を見つけ出してその魅力を的確な表現で訴えていく、ということは今まで「真木茂という商品を真木茂というセールスマンが売り込んでいた僕の仕事」からしてもその延長線のようにつながるものを感じました。
戦力として期待していただき、自分でも戦力として働けるのではないか、と予感させていただきました。社長の姿勢は「戦力にはならないだろうけど、可愛そうだから世話してやろう。役所関係では便利かもしれないから」ということではまったくありません。また、仕事柄「僕のために看板をつくってください」とはなりません。10年に一回、「看板を作らないと」というときに「それなら真木のいる会社でつくろうか」と先方様から言ってきていただける仕事です。「政治家・真木茂」の「顔」を利用しないで済む仕事だと言うのも判断を後押ししました。
ムキになって働きたい!
勤めさせていただくアイワ広告株式会社は小山雅明社長が創業した会社で50数名の社員の平均年齢は28歳。旧態依然とした業界のなかで新風を巻き起こし、看板の本を2冊著し全国で講演している売れっ子社長です。4年後の2010年にジャスダックでの上場をめざし社員が一丸となって働いているのは僕の在職中からもよく伝わってきました。ただ、夜遅くに会社の前を走ってもよくみんな働いているのです。当然、土曜日も勤務。最初は「そんなに働きたくない」と思っていましたが、ある時から「ムキになって働いてみようか」と思えるようになってきました。何か一生懸命やっているなかからしか輝きは生まれるわけありませんからね。そして社長からは「いろいろ考えることがあるだろうけど、走りながら考えるんだよ」と言っていただいております。この一言はけっこう決定打になりました。全力疾走するなかから何かつかめればと思っています。
朝の7時半には出社して、夜は遅くまで会社にいるような生活を月曜日から土曜日までがんばっています。でも電車に乗るわけでもありません。車で通勤は15分。まだ実現していませんが天候のいい日は自転車で通おうかと考えています。境川を走って25分、ちょうどいい運動です。アイワ広告の車で市内を走っている真木茂を見かけられると存じます。顔が輝いているかどうか、確認してやってください。
さっ、久々のサラリーマン生活です。楽ではないことは当然です。42歳の新入社員として一生懸命がんばっております。真木茂の顔が輝いているのか、それとも苦労しすぎちゃって頭が輝いてしまうのか?! ぜひ注目してやってください。
今後とも、公私にわたるご指導ご鞭撻、よろしくお願い申し上げます。